ローナ・ウィングというイギリスの精神科医が唱えた自閉症の3つの定義をご存知ですか。
・社会性の欠如
・コミュニケーション能力の欠如
・想像力の欠如
自閉症のお子さんを育てているお母さんなら、一度は聞いたことがあると思います。
我が子は自閉症です。今(DSM-V)では「自閉症スペクトラム」という名前で統一されていてよくわかりませんが、
いわゆるカナーと呼ばれる自閉症です。
知的障害があり、自閉症の特徴を持っています。
・・というか、典型的な自閉っ子です。教科書通りすぎて笑えるほど。
今日はそんな我が子のある日の出来事、そして母として私が反省しなければならなかったことを記録したいと思います。
「フライドポテト」「ポテトサラダ」「カレーのジャガイモ」が同じジャガイモとわからない
我が子は偏食がひどく、6歳になった今でも数えるほどしか食べられるものがありません。
先日、初めてカレーの中のジャガイモを食べることが出来たんです。
で、
私「えらいねー!すごいね!(無駄に大げさに褒めてみる)」
息子「・・(無言だが得意げ)」
私「(独り言)フライドポテトは食べられるのに、どうしてカレーのジャガイモは食べられないんだろう」
息子「!(無言だが驚いている)」
私「あれ?フライドポテトとカレーのジャガイモって、同じジャガイモだよ。同じ野菜」
息子「!!(無言だがおそらく驚愕の事実を知り驚いている)」
私「ポテトサラダとフライドポテトも同じジャガイモだよ」
息子「!!!(無言だが多分「マジかー!!!」と思っている)」
ジャガイモの絵を見て、「ジャガイモ」ということはできるのです。
そして「ポテト」がジャガイモの英語ということも知っています。
でも、フライドポテトを見て(食べて)これがジャガイモだとはわからなかったみたいです。
ポテトサラダもジャガイモとは知らなかったみたいです。
私達はおそらく、「カレーのジャガイモと、フライドポテトと、ポテトサラダは同じジャガイモだよ」と教わらなくてもわかります。自閉っ子はこれを教わらないとわからないのです。
「聞いてみようか」では何を聞くかわからない
先日スタンプラリーのイベントに行ったんです。
10箇所あるスタンプ置き場を順番に周っていたつもりだったのですが、あいだの一つを飛ばしてしまっていました。
結構最初の方のスタンプ置き場だったので、だいぶ来た道をもどらないといけません。
全部スタンプを集めて帰らないとパニックを起こすのは目に見えていたので(笑)、一緒に来ていたお友達に戻ってもらえるようお願いしないといけません。
私「(息子)君、このスタンプ、入口の方にあるから、遠回りしないと帰れないね。それでもいいかお友達に聞いてみようか」
息子「うん」
息子はお友達が近くに来た時に、こういいました
息子「このスタンプ押してきて」
私「・・違うだろ(笑)」
笑い話のようですが、息子はいたって真面目です。
話の流れから「スタンプ押すのに遠回りだけどいってもいい?」とか「行ってくるから待っててくれる?」など聞くべきですが、息子にはそれが分かりませんでした。
遠いので他人にやらせようとした?・・残念ながら、息子にはそんな悪知恵はありません。
「お茶ある?」じゃ何をするべきかわからない。
子は注意力ゼロなので、コップに入れたお茶をテーブルに置きっぱなしにすると100%こぼします(笑)。
そのため自宅ではお茶を飲むのに水筒を使用しています。
夕食前に「(息子)君、お茶ある?」と聞きました。もしないなら御飯の前につぎ足そうと思ってのことです。
息子は反応しません。無視してゲームを続けています。
さすがに私もムッとして、「無視するならゲーム捨てるよ!」とか言っちゃったんですが、
基本は私の指示に忠実です(こだわりとして)。ゲームしていたとしても聞くはずです。
ひょっとして、私の言ったことが理解できなかったのかと思い、改めて言い直してみました。
「(息子)君、水筒にお茶があるか振って確認してみて?」
息子はゲームの手を止め、水筒を振り、私に「入ってるよ」と答えてくれました。
この水筒事件は、私のここ最近の息子へのかかわり方を大きく反省させる出来事でした。
無視していると思っていたことが、ひょっとしたらわからなくて答えられなかったのかもしれないと思いました。
「お茶ある?」と聞かれて、水筒の中にお茶があるか確認してほしいと言われているとわからないのですね。
指示する際は具体的にやるべきことを伝えるべきだと改めて反省しました。
わかってたはずなんですが、日々の忙しさで大切なことを忘れていました。
それと同時に、息子にとってこの世界はわかりづらく、生きづらいんだろうなと改めて思いました。
母親の私ですらそうです。学校の先生や、あまり息子をしらない他人は、息子を理解しないまま過ごしていくのかなとちょっと空恐ろしい感じがしました。
私だけはわかってやれる存在でいたいですね。そして、息子がわからないことをどうやって他人に伝えていくか、考えていきたいと思っています。